「発達の凹を克服しない」NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC)代表 広野ゆいさん(第1回/全5回)

新生LASS to the dreamの記事第1弾は、NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC)代表・広野ゆいさんです。

これまでインタビューさせていただいた方や、LASS to the dreamコミュニティの多くの仲間が居場所にしている「関西ほっとサロン」を、発達凸凹が今ほど世間に認識されていなかった2002年から運営されてきたほか、NHK「バリバラ」へ何度もご出演されるなど、発達凸凹を伝えることの大先輩です。

動物とも話す子だったという広野さんが、当時今ほど知られていなかった「大人の発達障害」という診断を手に入れ、当事者会DDACを作ってゆく波乱万丈の物語を、全5回に渡ってお届けします。最も発達さんと会っている一人でもある広野さんが「発達凸凹を『障害』と感じるのはなぜなのか」についても語ってくださっています。

取材に応じてくださった広野ゆいさん。全5回にわたって広野さんのストーリーをお届けします。

■猫でも人でも構わず話しかけた小学生時代

yu-ka:本日は、よろしくお願いします。まず、広野さんの小学生時代についてお伺いしたいのですが、当時、発達さんの特性が表れていたなと感じるエピソードはありますか?

広野さん:よろしくお願いします。小学校1年生のとき、先生が私の母に質問をしていたんです。「出したものを元に戻せないのはなぜですか?」って。片付けが出来ず、私の机の上だけぐちゃぐちゃに散らかっていて、動くと「ドゥアー」って机の上の物を全部落としていました(笑)。親切に周りの人が拾ってくれるんですが「ありがとう」って言った矢先にまた落とす、みたいなことを繰り返していました(笑)。

あと、常に忘れ物をするし、宿題もし忘れるし、よく先生に怒られて(笑)。靴の左右を逆に履いていて、それを指摘されても、意味が分からなかったんです。靴なんて、左右どっちでもいいんじゃないかって思っていて(笑)

yu-ka:逆に履いても違和感がなかったという感じですか?

広野さん:はい、そもそも靴自体がまず嫌いでしたね(笑)。小学校時代は草履で過ごしていました(笑)。

yuh:ワークショップ中に靴を脱ぐ人って、発達さんに多いですよね。私感ですけど(笑)。

広野さん:たしかに(笑)。家でスリッパ絶対はかないです。なんか足が狭いような気がして落ち着かないんです。靴も、履きなれないとなんか気持ち悪くて、いつも同じものを履きがちですね。

yu-ka:小学生のころは、広野さんご自身、どのような性格でしたか?

広野さん:基本的に、誰とでも話すんですよ。仲がいいかどうかは別として、一方的に話しかけていました(笑)。あと、動物と人間の区別があまりついていなかったように思います。

一同:え!(笑)

広野さん:学校から帰ったら、近所の犬と猫と遊んでいて。動物だろうと人だろうと仲良くなるのに特に支障を感じなかったんですよ。だから「いつも同じ人と一緒に居る・遊ぶ」という同級生の感覚が良く分かりませんでした。その場にいる誰とでも仲良くなっていました。その場に猫がいたら猫と(笑)。

yu-ka:その場にいた「誰」かしらとその都度(笑)。得意、不得意教科はありましたか?

広野さん:算数が苦手で。小学校1年生のとき、あまりにも単純計算が遅くて、皆終わっているのに、自分は半分も解けていないという状態でしたね。両親が教師だったのもあって、毎日家では100マス計算を課されました。おかげで少しは、早くなりましたがやっぱり苦手で・・・。

yu-ka:タイプにもよりますが発達さんは、数字が苦手な傾向がある方も多いですよね。

■漢字を書けないことで断念した、国語の教員への道

yu-ka:中学校以降はいかがでしたか?

広野さん:中高生時代は「遅刻の帝王」と呼ばれていました(笑)。体調的に朝どうしても起きられなかったのですが。その後、大学では国語の教員になりたかったんですが、漢字が正確に書けないことで諦めました。左右が逆になったり、変な字を書いてしまったりして。教育実習でも、黒板に書くたびに何度も指摘されました(笑)。でも直らなかったんです。

emo:発達さんには起立性調節障害が多いので、広野さんもそうだったかもですね…。

yu-ka:字の左右をはっきりと覚えていない、という感覚(※注)がありますか?

※注 「漢字」などの文字を、いつまでも絵や画像としてしか認識できないというのが、LD(学習障害:代表的な発達凸凹のタイプのひとつ)の代表的な特性の1つです。私たちが、不二家の「ペコちゃん」が舌を右側に出しているのか、左側に出しているのか認識していないように、文字の左右が意識できず、「鏡文字」のように書いてしまうことが知られています。ここではLD的な特性を意識して会話をしています。

広野さん:頭の中には、それっぽい字は浮かぶんですけれど….書くとなんか違うんですよ。横棒の本数も、はっきりと覚えていなくて。「なぜ、皆が普通にできることを出来ないんだろう」とすごく落ち込んでいたんです。漢字以外にも、皆と同じようにはできないことがいっぱいあって。その頃は、発達凸凹のことをまだ知らなかったので、随分自分を責めていました

最終的には、教員免許は断念して、「もう、こんな国は嫌だ!留学しよう」と思っていたんです。

emo&yu-ka:振り幅が大きいですね!(笑)

広野さん:それで大学3回生の時、アメリカに短期留学してみました。家族で依存し合っていない感じがいいなと思ったんですよ。ホームステイ先は子どもさんが8人いて、毎日、交代制でご飯を作っていました。日本って、お母さんが料理をするってほぼ決められているけど。日本だったらやるべきことやってなかったら、責めるじゃないですか。何でやってないの?って。

でも、高校生の息子がご飯を作っていなかったとき、お父さんが「君の今日の役割は何だい?」って、冷静に「自立した人間」として接している感じがして。理想的だなと思ったんです。ホームステイから帰国後、結局は留学を断念するんですけど。

そんな矢先、ゼミの先生に、秘書の仕事を紹介されてしまいました。「秘書検定2級を持っているから、出来るでしょ?」って。紹介された時から、出来ないことはうすうす分かっていたのですが(笑)。でも断れなくて、最初は秘書として就職しました。

一同:(爆笑)

(第1回・終 取材:emo & yu-ka 文:yu-ka 編集:yuh & emo 撮影:yuh)

断れず秘書に「なってしまった」広野さん。しかし、発達さんには不向きとしか思えない仕事の中にも実は凸(得意)が….。それは一体?? 第2回もお楽しみに!

「発達の凹を克服しない」NPO法人 発達障害をもつ大人の会(DDAC)代表 広野ゆいさん(第2回/全5回)

 

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