「発達の凹を克服しない」NPO法人DDAC(発達障害をもつ大人の会)代表 広野ゆいさん(第3回/全5回)

■「片付けられるようになる」よりも大事なこと

emo:「大人の発達障害」という考え方は当時、無かったということなんですね?

広野さん:そうそう!小児科って15歳までだから、子どもの病気はその年齢までだし、20代後半の自分が診断してもらえる、なんていう発想がそもそも無かったんですよね。後に出版されることになる『片づけられない女たち』という本に、女性のADHDの生活の困難・自尊心の低さ・ホルモンバランスの問題、あと薬物治療の話まで書かれていて、それを読んでようやく病院に行ってみようと思えたんです。

「片付けられない女たち」はじめ、厳選されたDDACの発達蔵書たち

yu-ka&emo:あ~なるほど。

広野さん:自分はADHDだと思う人たちが集まり始めたんです。そして、診てくれる病院も、みんなで一緒に探しだしたんですね。診断より「仲間が出会う」というプロセスが先だったんですよ。北海道に「大人のADHDの会」が発足したっていうのを聞いて、北海道まで行って当事者でもある医師に「大阪にいい先生いないですかね?」って相談しました。そうしてやっと病院を見つけたんです。

yu-ka:ADHDと診断されてから、現在、家事や子育てで工夫されていることはありますか?

広野さん:そうですね…。「がんばらなく」なりました。投薬や鬱の治療で、体調が改善してきたので、無理のない範囲で、ちょっとずつこなすようになりました。

yu-ka:「がんばらない」は重要ですね。

広野さん:当時の面白いエピソードがあります。「片付け勉強会」というのを始めて、ADHDでも、片づけられる方法を編み出したんです。

emo:世紀の大発見ですね。

広野さん:テレビ(NHK福祉ネットワーク)でも取り上げられて、集まった多くの当事者がどんどん片づけられるようになって。でも、片付きだしたことで「別の問題」が浮上してくるんです。本当の問題は「片づけられない」ことではなく、人間関係や、金銭面などを、「ごまかしながら生きてきたこと」だと。

yu-ka:「片付ける」というのは、部屋や家が、ということだけじゃなく、スケジュールとかそういうことも含むってことですね。隠れていた問題が、浮彫になっちゃう、みたいな。

広野さん:そうそう。片付いたが為に、他の問題がドーンと出てきて、うつになる仲間が増える現象が起きました。「片づけられたら、すべての問題が解決する」と思ってしまうんですが、実はこれがまったく間違いで。片づけられた先に待っているのは、楽園ではないと気づきました。隠れていた他の問題が顕在化して、向き合わざるを得ない。結果、散らかっている時より苦しくなってしまうことが多いんです。

そこで、今やっている「片付け勉強会」では、最終的に「片づけなくてもいい」と思えることを、ゴールとしています。まず「心の片付け」をして、「他の問題に取り組める余裕がある」ということがはっきりしてはじめて、部屋の片付けに手をつける、という風に。

ADHDの問題は、片づけられないことだけではないし、そこにたくさんの問題が隠れていることを理解しないといけない、と思うのです。

■「支援者」になっちゃった

yu-ka:そしていよいよDDAC(発達障害をもつ大人の会)を立ち上げられるんですね!

広野さん:そうです。もともと北海道の会には何度か参加していて、「当事者会でが分かってくれる人がいる!」ってすごくテンションが上がっていたんですね。そこから、東京・名古屋・九州の当事者会にも参加するようになったんですけど、もっと身近にも欲しいなと思って、「関西ほっとサロン」を立ち上げました。

当時は、掲示板が情報収集の手段だったんですが、揉めることが多くて。リアルな場が必要だと思ったこともきっかけですね。

emo:立ち上げた当時は予想できなかったことってありますか?

第一回目に、宗教グループが、私達を本気で救いに来てくれたことですね(笑)。「セルフヘルプグループ」の作り方の本の注意事項に、宗教のことが書かれていて。でもまさか、そんな人が来ることは無いだろうと思ったら、来た~!っていう(笑)

「全ての人は力を持っている」広野さんが力強く語ります

emo:DDACさんの活動で大切にされていることはありますか?

広野さん:「よりよく生きる力・回復する力」って全ての人が持っているはずだと思っているんですね。それに自身で気づいてもらい、皆が、自分の力で生きていける、という場を作りたいんですよ。

emo:人から言われても受け入れづらいですもんね。自分もそうです。

広野さん:そういう環境、場を作るっていうのが目的ですかね。来て、元気になる方が多くて、自分自身も元気が出て。最初は、1回開催すると、1週間ほど寝込んでいたんですが、今はすごく元気をもらえています。

emo:広げるにあたっては工夫されたことはありますか?

広野さん:自然に増えていきましたね。最初は、片づけられない女性で集まって支え合っていて、「自分たちがどう生きていけばいいか」っていう、情報交換をしていました。

2004年に「発達障害者支援法」が国会で成立したのも大きいですね。この法律で、相談窓口になる「発達障害支援センター」を全国につくることになったのですけど、議員立法だったので、相談窓口はあるけど実際にできるサービスがない、という状況になっちゃった。障害者自立支援と紐づけられてなかったんですね。当時も発達障害を扱う事業所・支援施設はみかけ上存在はしたのですけど、重度の方のためのもので「大人の発達障害」についての知識がなかったんですね。

どこに行っていいかわからず溢れ出した発達さんが、こぞって当事者会に集まってきましたね(笑)。朝から晩まで相談に来られるのでやばいなと思って、相談窓口を作り、指定曜日にだけは、ちゃんと相談できる体制にしました。最初はADHDの女性の集まりだったのに、開設すぐリーマンショックが起きたことで、もう、一気に仕事に悩む若者が集まってきた。

yu-ka:発達さんだって気づいたんですね(笑)

広野さん:もう、すごい人数で(笑)。大阪の福島にあるNPOプラザや大阪ボランティア協会で、ブースを借りて相談活動をしていたら、大阪府の職員さんが「発達障害の現状を教えて欲しい」と、ヒアリングに来たんです。

その時に「大阪府はどうなっているんですか!」って言ったら「広野さんが相談をやってくれませんか?」と頼まれて、大阪のサポートステーションの相談員(キャリアカウンセラー)になることになったんです。だから私の場合、支援者になろうとしたことはなくて、いち当事者として活動していたら、いつのまにか支援者になってしまったという(笑)。

emo:僕も、全盛期っていうか1年引きこもっていたので、そのときに広野さんがお勤めのサポートステーションに行きたかったです。僕も広野さんのような仕事に、興味あります。

(第3回・終 取材:emo & yu-ka 文:yu-ka 編集:yuh & emo 撮影:yuh)

当事者会を作ったはずが、思いがけず支援者という仕事にたどり着いた広野さん。第4回は誰よりも発達さんと会ってきた広野さんが、emoの質問にあわせて「発達さんと仕事」についてお話くださっています。お楽しみに!!

【未公開】「発達の凹を克服しない」NPO法人 発達障害をもつ大人の会(DDAC)代表 広野ゆいさん(第4回/全5回)

「発達の凹を克服しない」NPO法人 発達障害をもつ大人の会(DDAC)代表 広野ゆいさん(第1回/全5回)

「発達の凹を克服しない」NPO法人DDAC(発達障害をもつ大人の会)代表 広野ゆいさん(第3回/全5回)” に対して1件のコメントがあります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です