「デコとボコ両方の贈り物〜感謝して楽しむハッタツ人生〜」ケイ・スズキさん(前編)

ハッタツ特性を極限まで高めることにより、社会のリーダーになる素質を持った発達障害の方の才能開花を応援する「ハッタツ塾」ほか多くの企画を運営し、多くの発達凸凹さんと関わって来られた、ケイさん。『アスペ先生の独り言 − 人生を最高に楽しむ凸凹スタイル』と題し、発達凸凹の方が楽しめるコツをブログでも発信しているケイさんに、ご自身の特性への向き合い方を聞いてみました。

道化師の衣装を着てくださったケイ・スズキさん。早速皿回を披露してくださいました。

 

 

 

Profile

1969年生まれ。堺ハッタツ友の会の「フィルムーン」主宰。2016年5月から運営されている「ハッタツ塾」は「歴史上の人物や、現在世界のリーダーは、未診断ではあるもののハッタツ特性を持った人物が多い」という発想。発達凸凹以外の「生きづらさ」を抱える人とも「自分との向き合い」を共有すべく、2017年3月から「『こころの授業』~自分向き合い講座~にリニューアル

過去に、フリーディレクター・スタジオミュージシャン・ソングライター・音響エンジニア・映像制作・DJなどさまざまな職種を経験。現在は、フリーカメラマン、学習教師・塾講師。ツイキャス(TwitCasting)DJとして『さかいハッタツchannel』を配信され、道化師「クラウンすーじーくん」としても活躍中。日々更新のブログアスペ先生の独り言」は月に9000アクセス(2017年3月時点)。発達凸凹の人の人生の楽しみ方を定義されている。

多芸多趣味で、ギターからハーモニカ、トランペット、アルトサックス、ピアノ、ジャグリング、パントマイムと一人千役。

■「ハッタツは才能」地球を救う為に生まれてきたと思った幼少期

emo:幼少期、学生時代の発達凸凹エピソードはありますか?

ケイさん:4歳のころでしょうか、自分に「与えられた才能」があるって思っていたんです。自分は地球を救うために生まれてきたというふうに(笑)。きっと、発達凸凹の凸(長所)凹(短所)のうち、自分自身の凸(長所)を強く感じていたんだろうと思います。

emo:まさにLASS to the dreamですね(笑)!

ケイさん:そうでしょうか(笑)。一方で、自分のやりたいように出来なかったら、癇癪を起していましたね。コレクションが好きで、「集めて並べたい!それも綺麗にやりたい!」とこだわりがとても強くて。周りの人に、「これくらいでいいやん!」と言われても、納得がいかないということがありました。

あとは、ものごとの細部というか「ちょっとしたこと」が気になるという。例えば、あるテレビ番組で、野球の「投球のコツ」をプロが説明していたんですね。それを覚えて。それ以来、友達の投げ方に「お前は間違ってる!」って文句をつけずにはいられなくなりましたね(笑)。色んな場面において、「自分が正しい」と主張していました。自分以外の人は論理性が低いから、正しいことがわからないんだなと思っていました節もありました。

emo&yu-ka:(笑)

ケイさん:癇癪もね、大小問わず、みんなが癇癪持ちだと思っていたんです。だから凹(短所)とも思わなかったし、当時困りごとは無かったんですよ。「個性的だね」ってよく言われていたんですが「凸(長所)を褒められている」とポジティブに捉えていました。比較的ネガティブな意味で使われることが多いワードだと気づいたのは最近で(笑)。

emo:僕は自己否定しちゃうネガティブな方だったので、羨ましいです!

学生時代やその後の話を振り返っていただきました

■成績優秀・スポーツ万能、凹で困ったことのないケイさん小学生時代

yu-ka:そのポジティブのまま、小学生になられたんですか?

ケイさん:でも、大人しかったですよ。小学校2年生くらいまで、鳥の絵をもくもくと描くなど、一人遊びが好きでした。分からないことを理解していくことが好きだったので、勉強面では手がかからなかった方だったと思います。

家に帰ると宿題の存在を忘れてしまうので、全然宿題をしないんですよ。家には楽しいことがいっぱいありましたからね。でも、それなりに成績が良かったので、「勉強できるのにしないなんて、先生をなめているのか?」といわれて、少し傷つきましたね。もちろん先生自身も、僕の態度に傷ついたと思いますが(笑)。

それが、小学校4年生頃から「多弁・多興味」になってきたんです。ある日、お父さんと2人で話していると、乗せられて急に2,3時間喋りっぱなしになって止まらなくなって。そこから大人しい性格が一変し、多弁・多趣味が始まりました(笑)。

yu-ka:急に(笑)。

ケイさん:体力が上がっていたので、「自分は割と何でもできる」と思い込んでいましたね。野球やサッカーなどをはじめ、様々なスポーツをやってみることが今も続いています。陸上部所属の人よりも足が速いこともありましたし、寮にあった卓球台で卓球をして、県大会出場者を負かしちゃうこともありました。

yu-ka:へーすごいですね!

■他クラスの授業に潜入。「さかなクンに先を越された」ケイさん中学時代

yu-ka:中学生になられてからはいかがでしたか?

ケイさん:クラス内では友達があまりできなくて、クラス外の人と仲良くなっていました。休憩時間は、常にクラス外の友達と喋りに行っていました。美術の授業中に、音楽の授業が受けたくなって勝手に他クラスの授業に潜入したことも(笑)。集団行動はあまり得意ではなかったです。

毎週末は、魚の図鑑や釣り雑誌を読むことに夢中になっていました。来週こそ何か別のことをしようと思うけど、やっぱり土曜日には魚の本を読んでしまう(笑)。本当に好きだったんでしょうね。だから、釣ったことない魚なのにめちゃくちゃ詳しくて(笑)。「こんな釣り道具を買って、この場所でこんな魚を釣って…」とひたすら妄想していました。「とことん、のめりこむ」ところがアスペルガー的だなと個人的には思います

yu-ka:すごいですね。さかなくんに憧れるなどはありましたか?(笑)

ケイさん:さかなくんが出た時は、先越されたと思っていました。「俺がさきにやりたかった」と真剣に嫉妬しました(笑)。言っていることはとても正しいのに、むかつく~!って(笑)。

■「突き詰めるから習得が早い」ケイさん高校時代

ケイさん:高校では、うって変わってフォークギターを始めました。それまでは、楽器は弾いたことが無かったのですが、凝り性だったので自分の弾き方を極め、ハマりましたね。ヘビメタ世代なので、どうやったら速弾きできるかを研究して(笑)。(後に、音楽スタジオを家の中に作りました) 演奏会で自分の出演が「トリ(※)」になることが多く、お前の弾き方すごいな!と褒められて天狗になってしまいました(笑)。

※ 一般的に出演順が遅いほど演奏が上手いとされるので、最後の出演者である「トリ」は、そのライブで一番上手な人がつとめている

同級生とはそこまで仲良くなかったんですが、自分を貫き通している姿が後輩にはかっこよく見えたそうです(笑)。

yu-ka:高校時代、得意、不得意科目はありましたか?

ケイさん:あまり勉強で困ったことはなかったですね。学習障害(LD)傾向があると自分では思っていて、強いて言えば長文読解が苦手だったかもしれません。ですが、大学受験時、共通一次対策はできました。

過去問を研究し、「この選択肢が出たら、ひっかけ問題はこれ」っていう判別が出来ていました。これはアスペルガー的な分析の力かなと感じます。得意なことは、数字を扱うことや、抽象化・概念化だと思います。

ちなみに、憧れの魚の勉強をしに、大学で農学部の水産系に行ったのですが、現実を知ったとたん、全然釣りをしなくなりました。妄想のまま、が楽しかったんでしょうね(笑)。

yu-ka:オチがおもしろすぎます(笑)。

ケイさん:大学生のときは、自分は「トムソーヤ」だと思っていました。毎日色んなところにドライブ行って、自然を見て発見があって。山に登って綺麗な星を眺めたり、台風のときに海に行って、うわぁ~って波を見たり。

■ケイさん社会人1社目。泣きっ面に蜂

emo:社会人に成ってからは、何か発達凸凹による挫折がありましたか?

ケイさん:最初は挫折だらけなんです。離職が多かった。一番初めは、ケアレスミスで悩みました。まず新卒で、小売業に就職し、2年ほどトラックで食材運んでいました。お客さんの懐に入るのはとても得意だったんですが、ADHD傾向により、注文書の書き間違いなど細かいミスが多くありました。AさんとBさんを間違えて、逆に配送してしまうこともありました。落ち込んでいるので、そのときに嫌な助言、注意をされると、我慢できず、逆キレ反発してしまうことも。いろいろと合わなくて退職しました。

2社目では喫茶店を任せてもらったのですが、店のシャッターを操作ミスで壊してしまいました。そのいきさつは、社長と私両者ともに言い分があるのですが、結局は高圧的な態度に耐え切れず、私の感情が爆発し、扉をバーンと開けて退職しました。

emo:理解してもらえないとそうなりやすいですよね。

社会人になりたての頃の思い出を語るケイさん

■社会人中期。才能開花!ADHD+ASDのハイブリッドを活かした出会いに導かれる仕事たち

yu-ka:逆に、発達凸凹の特性をお仕事で活かしたと感じるケースはありましたか?

ケイさん:その後は、音響のアルバイトをしていました。

仕事内容でたとえついて行けなくても、周りから「こいつに聞いたらいいよ」と頼ってもらえるよう、機材には人一倍詳しくなろうと思っていました。カタログをひたすら読み、使ったことがない音響機材にもかなり詳しくなりました。パソコンも。UNIXが主流だった当時、Windows98が新たに導入されて。その時も本をひたすら読んでいち早く使えるようになりましたね。ありがたいことに、重宝されました。

中学生時代、魚図鑑を読んでいたときにように、とことん突き詰められるのは強みだったかもしれません。

アルバイト待遇だけど、もっと会社を良くしよう働きやすくしよう、という熱い気持ちで。提案書とか企画書を勝手に書いて、上司通り越して、社長に出して出世していました(笑)。給料も部下も増えました

yu-ka:発達凸凹の特性上、根回しをすっ飛ばしてしまうことがありそうですよね。

ケイさん:「後から入ったやつが勝手にやりよった」「上司の俺をすっ飛ばして」と、気がつけば敵ばっかりに(笑)。認められたい気持ちもありながら、自分がいい職場にしようという気持ちが行き過ぎてしまい、批判もありましたね。

機材に詳しいことが高じて、その後ライブハウスへ引き抜かれました。

その後は、道具屋に勤めて。離職してしばらくして、音響会社が「音響ではなくて映像職でごめんやけど…」と声をかけてくれました。「え、僕やりたいです!」と即答し念願が叶いました。

2年間映像業務を経験するなかで、カメラを覚えました。家でベッドに入っても、リングを回している、それくらいハマっていたので習得はとても早い方だったと思います

その後、辞してフリーカメラマンとして独立しようとした矢先、先輩が「別にやっている仕事があるねん。俺がケイのこと、腕のいいフリーカメラマンって認めているんや。何か言われたら俺が言い返すからな」とまで言って仕事を紹介してくれました。いざ、連れられた先には大手広告代理店のとても有名なCMプロデューサーが。彼のプロジェクトに、カメラマンとして関わることになりました。

yu-ka&emo:へー!すごい!

ケイさん:それは転機でした。「会社の空気が違う」と思いました。自由。きゅうきゅうにされていない感じが、ADHD気質の自分にとっては居心地よかったなと

「会社に来て遊べ!そのワクワクした感覚で番組作れ!」と言ってくれるプロデューサーに出会い、苦手なことはせんでええよ!好きなことやってるときに才能発揮するから、苦手なことは誰かに任せろ!と

その後全然違う経路で、ライブハウスの音楽仲間から、ラジオ制作会社の社長を紹介されて、番組をいただいて。一般的に、ADを5~10年してからディレクターになることが多いのですが、AD経験なしで、ディレクターとして番組を作りることになりました。自由な環境だと、居心地いい上に、人並みより早く出世もしちゃうことがわかりました(笑)。

初回の番組原稿には、徹夜して丸2日かけましたが、3回目にはコツが分かって2時間くらいで書き終えました。数学の証明問題みたいに、A,B,Cという条件を繋げていけばいいんだと思って

yu-ka:パターン分析が活きている感じがしますね。

ケイさん:好きなことにハマっちゃう、ただそれだけです。

趣味の幅広いからこそ見えてきたことがある。道具もやっていたので、この立場から、音響の仕事を客観視出来ました。製作会社で、ディレクターもプロデューサーもやった色んなポジションを経験したことで、今までやった仕事を客観視できることが強み。多方向から、自分の仕事や、相手の立場が理解できます。

音楽をやっていたこともあり、番組テーマ曲の作曲と演奏も任されました。神戸にある「土曜日の天使たち」(※)という、障害者による道化師のグループに対して提供しました。この出会いが、僕の今のライフワークに繋がるのですが。

※ 2006年6月、障害者福祉の啓発・理解を広めるために結成されたグループ。障害のあるメンバーで構成されている。現在、社会福祉法人かがやき神戸の中の、就労継続支援事業B型事業(事業所名:ぐりぃど)として、神戸市北区に拠点を構える。

■自分自身についてのメッセージ~発達障害に感謝~

emo:診断当時の自分へ向けてのメッセージをいただけますか?

診断当時のご自身に向けて、メッセージをいただきました!

ケイさん:診断されたのは2013年3月、40歳を過ぎてからでした。自閉症スペクトラムと言われ、8,9割は受け入れられました。

診断出た時は納得感がありましたね。「発達障害」に感謝。これにつきます。そのうえで、一生懸命自分に向き合ってほしい!という気持ちがあります。

 ケイさんが、周りの方を大切にされているからこそ、縁が次々につながり初めての職種の仕事に沢山チャレンジされているのだと感じました。分析思考を使い、未経験の仕事のやり方をすぐにコツを身につけられたり、没頭されることで早くスキルアップされたり、といった凸の部分が大変素敵だと感じました。
「言葉がなぜか引っかかる」これは、自分にも強くある特性で、思わず頷いてしまいました。
「アスペ先生の独り言―人生を最高に楽しむ凸凹スタイル」のブログでは、発達凸凹の特性を含め、ご自身ととことん向き合い続けた先に生まれた哲学や、言葉が綴られています。読むたびに、「まだまだ自己との向き合いが足りないな」と、気づかされ、強く突き刺さります。

後編はケイさんが発達を活かすライフワークについてお話いただいています!

(取材:emo & yu-ka ・ 文:yu-ka・ 編集:yuh・ 撮影:emo & yu-ka)

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