「過去の孤独感から生まれた想い~発達凸凹母子の居場所作りをしたい~」岸田涼子さん

インタビュー第2回目にご協力くださったのは、看護師の岸田涼子さん(仮名)。岸田さんは、発達凸凹が原因で家族関係に悩み、その結果AC(アダルトチルドレン)になりました。ADHDの診断を受けに行ったのは、社会人になり、周りの精神科医に指摘を受けてからでした。発達凸凹により感じた孤独を経て、どのように次のステップに進んでいるのか、ストーリーでお送りします。

42195

今回の取材は、大阪中津の42195COFFEEさんをお借りしました。ロッカー、シャワー設備有。
ランナーさん、是非利用されてみてはいかがでしょうか。

 

■活発でクラス1面白い女の子、家では一転し

小学生の頃、岸田さんはとても活発的な女の子だった。小学3年生の時、とあるクラス内のアンケートで「面白い女の子」1位に輝いた。自分が周りの人とどこか「ズレている」部分があると感じていたものの、成績が優秀だったため、学校で先生から特に叱られることは無かったそう。

しかし、家で過ごす時間では状況が異なった。岸田さんの母は、当時発達障害のことを認識しておらず、子育ての困り感を抱えていた。「涼子は育てにくい」と、頻繁に誰かに相談している母の姿を見て、とても胸が痛くなった。涼子さん自身が居なくても良かったかもしれない、という意図を含んだ言葉をかけられ、ひどく傷ついたこともあった。しかし、「今となっては分かります。発達凸凹の児童を育てる仲間や、理解者が居らず、母も当時孤独だったのです」と語る。

■中学生以降の性格の変化を経て

「母に認められたい一心で、中学、高校はとにかく大人しく、良い子でいました」。音楽や本などを通じ、一人で自身との対話を深めるようになったそう。ACの傾向があると分かったのは大学在学中。その頃が一番苦しい時期で、授業中に泣いたり、自傷行為をしたりすることもあり、気持ちが不安定だった。しかし、「周りと違うことによる孤独感」を共有できる、発達凸凹の男性と付き合ったことで、救われた部分があったと振り返る。

■看護実習での戸惑い

大学での看護実習では、頻繁に場所移動することが多く、その度に臨機応変に対応することに苦労した。また実習中は、てきぱきと動くことが苦手で、手技を習得するまでに周りの人と比べてとても時間がかかった。「例えば、注射をするときの手順を覚えることが難しかったです空間認識が低いから、解剖の位置関係を理解することも苦手でしたね」。大学卒業後、看護師になってからは、聴覚過敏によりアラーム音に大きく左右され、その度に気が散っているという。また口頭での指示が苦手であるために、彼女自身、指示を受ける前に予測をするなどの工夫をしているものの、戸惑いを感じている。

■人と繋がり、その輪を広げられる長所を活かし

一方で、岸田さんの長所は、初対面の方とすぐに仲良くなれること、人と人とを繋げることだ。パーティー等の企画をすることも多い。「友人からは『宇宙人』と呼ばれることもあるんですよ」と岸田さん。知り合った瞬間にその方と仲良くなり、その後も絶えず交流が続くので、周りから珍しがられているという。

カフェで隣の席に座った方と親しくなったケースも何度かあり、偶然話すと医療関係の方や、共通の関心を持った方だった、等『繋がるべく人』と繋がれる、必要な人を彼女自身が引き寄せている、話を聴く中でそのような印象を抱いた。

ヒラメキと行動力を活かし、発達障害児×母親のための居場所づくりをしたいという岸田さん。

ヒラメキと行動力を活かし、発達障害児×母親のための居場所づくりをしたいという岸田さん。

■発達凸凹母子の居場所作りを

今後「ヒラメキと行動力、人と人とを繋ぐ力」を活かし、発達凸凹の子供と、その母親の為のイベントを企画したいと話す。今回取材をした8月中に、早速『発達障害児を育てる会』(発達障害児を持つ母が集まる会)を開いたという岸田さん。今まで、「発達障害の子供をどう育てたら良いかわからず一人で抱え込んでいましたが、同じ状況の方と話せて気持ちが和らぎました」と涙する参加者もいたようだ。

また現在は、岸田さんの母親から「自分も当時そういう居場所が欲しかったから、良い活動だと思う」と背中を押してもらっているという。

岸田さんから、発達凸凹さんへのメッセージ。「自分を肯定することからはじまる。自分にYESを伝える」ことが大切。

岸田さんから、発達凸凹さんへのメッセージ。「自分を肯定することからはじまる。自分にYESを伝える」 ことが大切。

■自分を肯定することからはじまる。―自分にYESを伝える―

「肯定してあげることって本当に大事。『枠からはみ出しがちな』発達凸凹の子どもが、ありのままを受け入れられる環境が増えたらと強く願っています。幼少期に肯定された経験は、後々の自信に繋がるのだと思います。また、私は過去に比べて随分と生きやすくなりましたが、若い方は自分に合った生き方を見つけるまでに、沢山苦労しているかもしれません。自分自身をまず肯定することから、変わっていくと思います」

発達凸凹さんに向けてのエールをもらった。

取材を通して、自身の辛かったご経験から、母子関係にスポットライトを当てたいという岸田さんの強い気持ちが伝わってきました。今後、発達凸凹母子のためのイベントを開くとともに、幼稚園に対し、発達凸凹について周知をしていきたいという精力的な岸田さん。岸田さんの想いが多くの方に届く日が楽しみです!(文・yu-ka

*WHAT’S コーチングインタビュー?*
LASS TO THE DREAMでは、自分の得意・好き、努力してきた部分に着目出来るきっかけを作るため、コーチング的視点を用いた取材をしています。
人の素敵なところが大好きすぎるライターyu-kaとemoが、時に主観的表現で、発達凸凹さんの凸を熱く伝えすぎることをご理解ください。
LASS TO THE DREAMは、叱咤・自責経験が多くなりがちな発達凸凹さんの凸に視点を向けてもらうメディアです。

 

 

「過去の孤独感から生まれた想い~発達凸凹母子の居場所作りをしたい~」岸田涼子さん” に対して1件のコメントがあります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です